人生崖っぷち(物理)

森林鉄道、廃道、廃隧道など

ぶらりみちのく”はし”めぐり 三重編

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ねじって

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潜って

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勘違いして

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「すいませんチーズカレーの肉まんください」とじゃぱりまんを頼んだり。

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 鹿のフレンズに遭遇したり

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びふぉーあふたーしたり

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今回はぶらぶらと彷徨ってきただけですのでネタ度はひくいです。

 

                            次回に続く

森町の明治未成隧道探索 其の参(完)

道のすぐ横に見えた谷間は掘割のように見えた。そして気になるあそこは・・・

 

 

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残念ながら谷間の最奥部に穴は無かった。とにかく下のほうから回り込んでみる。

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 こちら側の山肌は全体的になだらかな斜面が広がっているが、ここだけ地形的に不自然な谷が稜線に向かって延びている。多分間違いない、これが明治未成隧道の跡だと思われる。掘割だけ掘って力尽きたのか、それとも多少は隧道を掘り進めたのか、地面を見ても判断はつかなかった。

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上の2枚は6年ぶりに訪れた現場の写真。変化はない。

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掘割の奥より。このまま外に出て少し進むと古道と合流する。実際、古道からこの峠の下を隧道で抜けるとすると場所的に合っている。

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そして何故か反対側に回らずに山を降りる6年前の自分。楽しみは後にとっておこうとしたのか?。解せぬ。抉れたような古道自体は割としっかり残っていたが、倒木や竹のせいでろくに歩けなかったことを明記しておく。

f:id:msx4:20180114224346j:plain再度尾根の上に立つ。このあたりが掘割の延長線上でお地蔵さまの裏手にあたる。

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そして向天方側を見下ろすとこちらは天然の谷が尾根のすぐ下まで延びている。さっそく谷底へ降りてみた。

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こちら側にも穴は無かった。残念ながら遺構といえるものは反対側の掘割のみのようだ。もし両側から掘り進めたのならこちら側は穴を掘っていると思うのだが。そもそもなんで中止になったのかが分からない。資金難のせいかそれとも地質的な問題か。真相は歴史の闇の中である。・・・・写真の暗闇はたまたまそれっぽく写っただけですのであしからず。

 

           森町の明治未成隧道探索 (完)

              

森町の明治未成隧道探索 其の弐

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ここは森町を流れる太田川に架かる天森橋の上。少し離れた駐車場に車を置き、徒歩で目的地を目指す。関係ないがこの森町、昔は馬車鉄道を前身とする秋葉線という電車が。最近では新東名のICが出来て何気に交通の便が良いと思う。”遠州の小京都”は伊達ではない。そう、ここも遠州。隧道特異点(今考えました)たる遠州地方に属している。(暴走半島や隧道都市竹田ほどじゃないですが)はてさて?

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小川沿いに並ぶ民家や工場を過ぎると、道は未舗装の林道になった。

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そして林道と、予想地点へ向かう破線道との分岐点に来たが何か様子が・・・

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地図だと沢沿いに登っていく徒歩道のはずだがブルドーザーの作業道になってる!?

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更にこれ。1月でも突破は無理。

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高巻きしてなんとか突破すると砂防ダムが見えた。これの作業道か。しかしこれを越えても道らしきものは見えない。1番ましな道は流れに沿って歩くことだったが・・・

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草木や倒木にうんざりしながら黙々と歩く。

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そのうち道のような平場も現れるが、ぶつ切り状態のため少し沢から離れ斜面を登ってみる。

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ずんずん登って開けたところまで出てみると、そこは茶畑の端っこだった。

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そして茶畑の1段下に道が。これは古道か?時々狭まったりしたが歩きやすいしっかりした道が続いている。

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峠だ!お地蔵さまと不動明王の石像がいらっしゃる。もし痕跡があるとすればこの近くだと思うのだが・・・取りあえず峠の向こうへ降りてみる。

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いかにも古道らしい窪んだ道がつづら折りで下っていく。そして2本目の曲がり角で横を見ると

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・・・これは!?・・・掘割・・か?

 

              森町の明治未成隧道探索 其の参へ続く

 

森町の明治未成隧道探索 其の壱

昔々とまではいかないが2012年1月、ネットを検索していると1つの文章を見つけた。それは静岡県周智郡森町の明治時代の様子を紹介した「森町変遷雑記」という本の1節で、向天方という場所について言及していた。その部分の原文を抜粋してみよう。

 

・・・道巾広からぬも、古くより原の谷方面の要路にして又村の幹道たり。道は東して原田村、西の谷に道ず。明治廿年頃墜道を穿ち、榛原郡金谷へ開通すべく、鈴木才吉氏多くの土工と「トンネル」開鑿に着手せるも中止す。原の谷行路はトノ谷沢を越え大高山山脈の中腹を越ゆる難路なり。

 

これはつまり、明治時代の未成隧道の話だった。次に思ったことは”何か残っていないだろうか?”である。明治廿年(20年)即ち1877年といえば2012年度から125年も前だ。しかも未成である。痕跡が残っている可能性は低いだろう。だがそれは現地へ行ってみないと分からない。もしかしてもしかすると”何か”が残っているかもしれない。ならば次は場所の特定だ。地理院の地図を見ると向天方の地名が載っており、そこから川沿いに道が東に延びている。川は南北に延びる峰に沿って北に向きを変えるが、1本の破線道がそのまま東に向かい鞍部を越え、西の谷川に通じている。細かい固有名詞の場所は分からなかったが、沢を越え山脈の中腹を越ゆる難路という言い回しからここではないかと推測した。そして念のために森町の町立図書館に足を運んでみたがこちらは空振りに終わってしまった。ただ新しい発見はなかったものの、森町変遷雑記の原本を見つけることが出来た。あとは自分の目で確かめるだけだ。1月下旬のよく晴れた日に探索を実行した。

 

                森町の明治未成隧道探索 其の弐へ続く

あけましておめでとうございます。そして近日公開予定。

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道巾広からぬも、古くより原の谷方面の要路にして又村の幹道たり。道は東して原田村、西の谷に道ず。明治廿年頃墜道を穿ち、榛原郡金谷へ開通すべく、鈴木才吉氏多くの土工と「トンネル」開鑿に着手せるも中止す。原の谷行路はトノ谷沢を越え大高山山脈の中腹を越ゆる難路なり。

 

                     森町変遷雑記より

小ネタ 島田軌道と天竜の木橋

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ここは静岡県島田市。ここに明治から昭和まで日本で最も長期間、そして一番最後まで営業していた人力の軌道が島田軌道である。サイト”歩鉄の達人”様の記事を見て一回行ってみたいと思っていたのが唯一の遺構であるこの橋台。写真は島田駅方向で立派な堰堤も残っているし、民家の間は路地として活用されている。

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これは北向き。正面に見える平屋の建物で路盤は途切れているが、その奥に見えるオレンジ色の建物は静岡県指定近代化遺産である北河製品所のレンガ物件。現役の工場敷地内なので興味のある方は外から見るべし。

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こちらは浜松市天竜区、山奥の渓谷沿いの道の脇にある木橋。サイト”うさ★ネコサンド”様の記事を見て行かねばと思った物件である。写真に写っているように今年の4月で通行禁止までいってないが、1歩踏み出したらバキッと音がしたので廃認定か補修をしたほうが良いと思う。

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I can flyして谷底より。嘘です。脇から降りました。

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林鉄の木橋なら鼻血を出す自信があるが、これはこれで悪くない。

 

          小ネタ 島田軌道と天竜木橋 (完)

紀伊半島の森林鉄道・林用軌道群① 妹尾森林鉄道 3(完)

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軌道跡が土砂に呑まれた場所から車道に上がってみる。ちなみに土砂、というか河原へ降りるランプの先に軌道跡は確認出来なかった。

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しかし、しばらく進んだ先ぐらいで(気づいたのは帰り道で正確な場所を覚えていない)道路の上に石垣が。最初は砂防用のものかと思ったが、念のために登ってみた。

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どう見ても軌道跡っぽい。しかし河原から車道の上のここまでかなりの高低差があるがどこで登っていたのかが分からない。謎である。

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これは対岸へ渡るための道で、今来た道と軌道は上流までずっと左岸を通っている。(と思う。)そして家が散見するこの辺りが妹尾という集落である。

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集落を越えて更に進む。すると、

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またもや石垣が。しかし現道に削られているためさほど残っていない。

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大きな切り通しが現れた。

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これだけの大きさとなると・・・

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やっぱり平場がある。だが単なる旧道か、軌道跡かは分からない。しかし、この先で

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この狭さと釘がうたれた木の残骸。これは軌道の木橋跡か!?多分間違いないだろう。

今までにも桟橋と思われる場所はあったが、木材が残っていたのはここだけだ。

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そしてそれ以降は遺構を見つけることはなかった。やはり車道に転用された部分が多いとその痕跡を見つけるのは難しい。詳しい資料もなしに行き当たりばったりの現地調査だとこんなものだが、ネットにも書籍にも載っていない物件(ご馳走)を自分の足と目で読み解いていく楽しさというのはまた格別である。マイナー万歳。

 

       紀伊半島の森林鉄道・林用軌道群① 妹尾森林鉄道(完)