人生崖っぷち(物理)

森林鉄道、廃道、廃隧道など

市街地の木橋(岐阜県高山市) その1

今回は現役の物件を。

自分は木橋が好きである。森林鉄道にのめりこむようになって、林鉄の木橋のその希少さを知ったころから特に興味を持つようになった。しかしふと気づくと木橋というもの自体が暮らしの中からほぼ姿を消しつつある。田んぼの脇の水路に架かってるようなやつではなく、生活用の現役木橋高山市の市街地で2本見かけたので紹介したい。

 

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高山市街地の中心を流れる宮川。この宮川を遡ると宮森林鉄道があるが今日は関係ない。この宮川に流れ込む支流の一つが江名子川で、古い街並みなどの観光スポットに近いあたりは遊歩道が整備され、小さな橋がたくさん架かっている。川沿いを橋を見ながらぶらぶらしていた時に見つけたのがこの橋だ。写真は上流から。

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木橋風の橋はたくさんあったが、これは近づいてよく見ると本物の木橋だった。

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上はアスファルトが敷いてあり、見た目は普通の歩行者用の橋だ。銘板がなくて橋の名前が分からない。

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しかし、下を見ると橋脚が木製だ。

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更に下から覗きこむと橋桁も木の完全な木橋だった。

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横板に草や苔が生えていて、いい感じをだしている。

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橋脚に✖の字の補強が入った由緒正しい(?)造りをしている。

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橋の横に石段があったのでぎりぎりまで降りて覗きこむと橋桁に何か付いているのが見えた。

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金属のプレート?数字が書いてある。なんか見たことあるような・・・電柱だ!木製電柱を橋桁に転用したのか。曲がりなりにも街中の橋でこれは渋い。

 

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おまけに冬の写真。

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雪景色の橋もいい感じだ。

 

           高山市街地の現役木橋 その2へ続く

岩国と雲南の木馬道隧道 その4

上流側の坑門から外に出るには土砂の山を登らなければいけなかったが、通り抜けるのに支障はなかった。今のところはだが。さて外はどうなっているのか。

こちら側は隧道ではよく見る深い掘割になっていた。

これが上流側の坑門だ。

だが、少し離れると坑口は隠れてしまう。周りの土砂が掘割に流れ込んで積もっているからだ。この地形ではしょうがないか。

掘割を抜けた広場に小屋(の残骸)があるのが見える。

と、その前に掘割を振り返ってみる。前もった知識か、ある程度の経験でもなければ隧道が存在すると気付かないだろう。

もう少しさがってみると隣が谷になっているのに気が付いた。下流側と違い、こちらは水が流れそうだから横に避けたのか?

さてお待ちかねの小屋の中は・・・といっても外から半ば丸見えでろくな遺物はなさそうだ。外壁面にパイプの骨組みという時点でそこまで古くなさそうな感じがしたが。

天井も半分ぐらいトタンがとれている。

数少ない遺物に大阪営林局の安全の啓蒙のポスターが。まぁこんな場所にあるのだから林業用には違いない。

その横は谷になっており、地図の通り川が流れていた。この川沿いに木馬道が作られた訳だが、長大な隧道を掘らなければならなかったのはやはり地形のせいだろうか?この川沿いの様子も見てくりゃよかった。

さて、木馬道のほうは小屋の横を抜けて川沿いに上流へと伸びていたが、数十mほどで大きな沢にぶつかってしまった。

これは沢の向こうを写したものだが、多分木橋で向こう岸に見える道の続きに渡っていたのだろう。今回はあくまで隧道がメインなのでここで撤退を決めた。

しかしここに小屋があるということは木馬道として使われなくなった後も隧道は林業の作業道として近年まで使われていたのだろうか?

半世紀近く交通用ではなく純粋に林業に使われ続けた隧道・・・

という妄想も悪くない。実際どうだったんだろう?

しかしトリ氏が探索した2017年以降になって林道が造られたということは、あの小屋を造る資材も木馬道で運んだということか。他のルートは無さそうに見えたが・・・やはりもう1回行きたくなってきた(笑)

最後にもう一度隧道を目に焼き付ける。

帰りは林道を通ってあっという間だった。そして、この後寂地峡に向かい今回の目標を達成したのだった。しかし、ここ島根に広島、徳島に奈良と訪問した分だけでもかなりばらけているのでこの木馬道隧道というジャンルを追うのはかなりやりがいがありそうだ。また地道に情報を集めていくとしよう。

 

 

             岩国と雲南の木馬道隧道 完

            

      参考サイト 元島根県民のお部屋(島根県の近代建築)

            岩国市公式観光webサイト 岩国 旅の架け橋

岩国と雲南の木馬道隧道 その3

ネットで写真を見て知っていたが、実際に見てみると山を穿つというより地面に潜るという感じがした。

坑門の右側もそこそこの急斜面だが谷が深いという感じがしない。枝打ちされてて明るいし、作業道のせいで坑門の手前まで開けているからか。

隧道の前の掘割、というかこれがわずかに残った木馬道の跡だ。少しぬかるんでいる。

しかし隧道内が水没しているそうなので持参したウェーダーを装備済みだ。腰上までの水没隧道を突破した経験は伊達ではない。

捨てられた丸太や枝で地味に歩きにくい。

坑門は土砂が堆積して上半分だけが見えている。歪んだ3角形をしている。

坑門上から水がシャワーとなって流れ落ちている。向こう側の明かりと水面に反射した明かりが見えている。かなり長い。

すぐに水没しているがそこまで深くはなさそうだ。慎重に足を踏み入れるが泥に埋もれるということもない。

ありきたりな感想だが、綺麗な隧道だ。

下に溜まっているのも砂状で水がきれいに見える。

振り返って1枚。

飲み口が切れたガラス瓶が落ちていた。何の瓶だ?

小森さんがいた。赤色ライトなのはなんとなく。

隧道の真ん中に行くか行かないぐらいで水が引いて地面が現れた。

下は岩盤という訳ではないが固そうな平らな地面になっている。それにこの両脇は・・

白いのはカビのようだ。

崩落してガチガチに固まっている。

またもや水没したところに髪の毛が、ではなくて根っこのようなものが。少し気色悪い。

洞内で1番落石していたあたりで写真に白い靄が写る。急になんだ?

と思ったら荒くなった自分の鼻息だった。興奮を鎮めて平常心。

今度はもふもふの集団アパートだ。驚かさないよう通り抜ける。

出口が近づいてきた。それと地面の両端。これはやはり排水溝のように見える。

こちらの出口は入口以上に埋まって直接外が見えない。果たして外はどうなっているのか。

 

                  岩国と雲南の木馬道隧道 その4へ続く

 

     参考サイト 元島根県民のお部屋(島根県の近代建築)様

岩国と雲南の木馬道隧道 その2

いつかは忘れてしまったが、ネットサーフィンをしていてたどり着いたひとつの記事。そこには谷の片隅に開いた隧道の写真が載っていた。そちらのサイト、元島根県民のお部屋のトリ氏が執念で探し当てたその隧道は後の机上調査によって木馬道の隧道である可能性が高いと結論づけている。レアものだ。見たい。入りたい。が、流石にちょっと家から遠すぎる。気力と財力と休暇と気候とコロナといった条件をクリアして突貫したのは今年の3月後半であった。

ここは島根県雲南市の山の中。集落を過ぎると人家の無い川沿いの道を進んでいく。

川沿いの空き地に車を停める。目的の谷はすぐそこだ。

右に行く林道ではなく黄線の矢印が谷への入り口となる。林道のことはこの時点では気にも留めなかった。

草は季節のせいでそこまで茂っていないが、落石もごろごろしていて荒れている。

路面もぬかるんでいる場所があったが、雪寒地用長靴を履いているので問題なし。

ふと右上の方が明るく開けているように見えた。林道があるようだ。

 

 

 

・・・・・まて、トリ氏が探索した2017年に林道なんてあったか?

たしか記事には林道なんて触れられていないし、だいいち現行の地理院地図にもそんなものは載っていない。なにか漠然とした不安を感じたが取りあえず前進する。

谷の向かい側に本流と垂直に交わる小さな谷が見えた。道のような平場が見えたが、あれも木馬道の跡だろうか。

土橋?を渡って左岸から右岸に。

右岸から左岸にまた土橋で戻ると

ここから更に道は細くなった。木馬道らしい幅だ。

しかし少し開けた場所に出た後、道が消えてしまった。前方の谷間の斜面に平場は見えない。記事ではずっと木馬道が続いているはずなのに。

認めたくはなかったが頭上の林道工事で埋まってしまったのか・・・

探せばもしかしたらまだ木馬道は残っていたかもしれないが、あくまで目標は隧道。木馬道を諦めて林道に上がり奥に進む。

隧道疑定地の谷まで来たが林道が谷を跨いで入口を埋め潰している。しかも・・・

こんな小さな谷まで何故作業道をつくるのか。

木馬道ではない。どう見ても重機が入る作業道のようだ。

隧道疑定地が近づいてきた。まさかと思うが隧道は・・・

坂を登り切って視界が開けたが、先細った谷のどん詰まりという感じではなかった。

作業道は左へ折り返して更に上へと向かっている。この谷間が終点じゃないのか。

その作業道の向こう側、浅い谷間にぽっかりと黒い闇が浮かびあがっていた。

 

          岩国と雲南の木馬道隧道 その3へ続く

 

            参考サイト 元島根県民のお部屋(島根県の近代建築)

            隧道を発見された島根県民のトリ( ・∋・)様に感謝を込めて。

岩国と雲南の木馬道隧道 その1

大変お待たせいたしました。出張ラッシュの終わりが近づいてきたので少しずつ更新していきます。さて、今回の物件は全国的に見ても数が少ないと思われる木馬道の隧道。(消滅したり不確定のものまで含めても自分が知りえた数は二桁に届かない)そんなレアな物件にもかかわらず今まで手をださなかったのはひとえに自宅から遠かったから。が、ようやく先日突貫してきました。

難易度が低い方からということで訪れた時系列が逆になっています。まずは一つ目の隧道、いや、”隧道群”を紹介します。

ここは山口県岩国市にある観光名所の寂地峡。ここの遊歩道の一部として使われている隧道が木馬道由来のものであったりする。つまりここは現役の管理された隧道であって廃物件ではない。こう言うと廃じゃないのかと萎える方もいらっしゃるかもしれないが、難所を越えるために穿たれた木馬道の隧道というだけで自分にとっては一見の価値があった。

寂地峡には五竜の滝と呼ばれる連続した5つの滝があり、この名勝の目玉でもある。

隧道はこれらの滝の上方に位置する。

川に沿うように廻らされた遊歩道を登っていく。

遊歩道の旧道ぽいものが心をくすぐるが流石に観光地では自重する。

夕方に近かったため滝をチラ見しながら急いで駆け上っていく。さすがに隧道目当てで来る人は少ないだろうな。

最後に岩の隙間を登っていくと到着。なんと隧道と隧道の間に出た。

一旦左側、即ち下流側に抜け、改めて端っこから隧道に入る。自分だと頭を気を付けないといけない高さだ。

中は岩盤の素掘り。足元だけコンクリートで整備してある。

1つ目の隧道を抜けるとすぐに2本目だ。

横は切り立った崖だ。凄いところに隧道を掘って木馬道を通している。

手作業で10カ月かけて掘りぬいたのか。

2つ目の隧道だ。微妙にカーブしている。

2つ目を抜けるとこちらもすぐに3つ目の隧道が。ここは最初に登ってきた場所だ。

3本目は少々長い。時間と向きによっては懐中電灯が欲しいぐらいの暗さだった。

3本目に入って振り返り。

3本目の坑口。

滝の上流に出た。遊歩道は続いているが坂になっているので木馬道そのものではない。路盤らしきものが見当たらなかったが、もし木馬道が桟橋タイプだったなら痕跡が残らないので流石に分からない。

帰りは川沿いでないルートを下ってみたが、途中で廃道らしき跡を何カ所か見かけた。写真の黄線が遊歩道。赤線が廃道だ。遊歩道は途中で急勾配の場所があるので、廃道が多分木馬道の跡だと思われる。時間があれば辿ってみたかった。あと、もしもこの場所が国定公園にならずに手付かずの廃隧道であったならば・・・鼻血ものの物件になっていただろう。さて次回はネットで記事を見た時から虜にされた正真正銘廃物件の木馬道隧道へ。

 

           岩国と雲南の木馬道隧道 その2へ続く

稲又森林鉄道支線再訪 後編

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切通しから下流方向に歩く。正面には稲又林鉄の路盤を転用した車道が見える。

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その車道と河原の中間ぐらいに、途切れ途切れのラインが見える。切通しから続く軌道跡、そして稲又でも屈指の難所のひとつだと思っている場所だ。場所が場所だけに土石流の影響はないが、8年ぶりの現状を確認しに行く。

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1枚目の写真の左側の木が茂っているあたりは多少傾斜が緩やかなのでそこからアプローチする。木々の間の水がない谷を登っていくと・・・

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こんなところにレールが落ちている!これは今まで知らなかった。

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レールの継ぎ目板が付いてたりするので、本線から災害などで流されてきたものだろうか?

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黄線の位置が軌道跡。橋台はないが、路盤が少しだけ残っている。赤線は車道の橋だ。

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しかしわずかな軌道跡を外れると、ご覧の通りの急斜面が広がっていた。崖ではないが一度足を滑らすと滑落しそうな角度だ。しかも正面に存在するはずの路盤の続きが見えない。杖で地面を突いて足場を作りながら1歩1歩慎重に進む。

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急斜面を越えると視線の斜め下のほうに復活した路盤を見つけることができた。上にずれて進んでいたようだ。

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軌道跡に到着した。

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河原から見えた断崖絶壁の中腹だ。

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久々の断崖片洞門だ。

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前方がなにやら怪しい・・・

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路盤がすぼまっている。ちょっと怖くて越えられそうもない。無理せずこれ以上の前進はやめておく。後で写真を確認したが、以前より少しだけ崩落していた。前回はここを越えたのだが。

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前方をよく観察してみると上は片洞門で下はオーバーハングになっている。ほんとによくこんなところを穿ったものだ。

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いい景色だ。(帰り道を現実逃避)

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ガラス片が落ちていたが当時のものかは分からない。

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片洞門の天井、とかニッチすぎる需要か。

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帰路につく。こちらからはわずかだが踏み跡があり、比較的楽にに安全な斜面まで抜けることができた。さっきの苦労はいったい・・

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斜面を直登して車道に復帰。

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ついでに片洞門の反対側からも回り込んでチラ見してみる。

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うん。本気出さないと無理。ここまでにしよう。

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探索を終えて雨畑の温泉のそばまで戻って来た。吊り橋のあたりもすっかり埋もれてしまっている。

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こんな以前の姿をまた取り戻して欲しいものだ。

       

             稲又森林鉄道支線再訪 完

 

  しばらく出張が断続的に入るかもしれないので次回は未定です。

稲又森林鉄道支線再訪 前編

昨年12月に山梨県早川町の旧稲又橋が土石流で埋没してしまったことがTwitterで話題になりえらい衝撃をうけた。一度見に行こうと思っていたが、雪やらコロナやら追突事故やらでタイミングを外されつづけ、ようやく今回訪問することができた。

トイレと1回スーパーに寄った以外は直行直帰だ。(仕事じゃないが)

稲又森林鉄道 1 リンクはこちら ↓

msx4.hatenablog.com

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平日なので工事などの邪魔にならないように朝6時に現地着。Twitterで見ていたのでそこまでの衝撃はないが、パッと見違和感がないほうが衝撃を受けた。

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2013年。写真を並べるとまるで別の場所に見えてくる。

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下流方向を見ても青い砂利の河原が広がっている。さて、今回のメイン目標は実は旧稲又橋ではない。稲又谷と雨畑川の出合いを通る稲又森林鉄道の支線の状態を確認することが目的だ。f:id:msx4:20220309133203j:plain

稲又谷の手前にある千島隧道の横、砂防堰堤の工事用道路と思われる廃道を最初の探索と同じように降りていく。

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関係ないが直線電柱に延びるこの電線の通し方はワイルドと言うべきか・・・

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やがて小さな広場に着く。工事用のいろいろなものが残っているがパス。

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ここから更に降りるわけだが・・・こんな急だったか?踏み跡すら見えないのだが。

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慎重に降りた後見上げてみる。記憶が定かではないが、崩落して以前よりも急になっているような。

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見えてきた。万が一を考えたがどうやら無事のようだ。

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8年ぶりの巨大切通しだ。

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土石流も流石にこの高さまでは影響を及ぼさなかったか。

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ロングショットでは分かりにくいが、中は両腕を広げても届かないくらいの広さはある。

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振り返ってみて。ちなみに向こう側は切通しの手前しか平場が残っていない。

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切通しを抜けると、こちらはしっかり路盤が残っている。

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この川の広さで明らかに土砂の堆積が分かるって・・・

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路盤の末端は河原に消えていた。

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以前の写真より。黄線の路盤は普通に途切れており、赤線の河原よりもこれだけ上に在ったのだが。

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稲又谷に入り込んだあたりにも多少平場があったはずだが削れたか土砂の下か。

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それから河原に降りて歩いてみた。先ほどの切通しを下から見るとこんな感じ。

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もはや何の意味もない砂防堰堤を越えて支線のもう一つの見せ場を確認しにいく。目指すは断崖の片洞門。

           稲又森林鉄道支線再訪 後編に続く