人生崖っぷち(物理)

森林鉄道、廃道、廃隧道など

横澤林道(軌道)のインクライン 3(長野県小海町)

前回の探索で正確な場所の特定は出来ず、もしかして痕跡自体が残っていないのではないかと半ば諦めていたが、今春になって極めて正確な位置を特定することができた。そう、例の赤いやつ、赤色立体地図のおかげだ。

前回と同じルートで渡河をする。今回は6月の探索なので緑が濃い。

川を渡った後、GPSと赤色地図を比較しながら横に移動する。どうやら前回登った谷間は全然見当はずれだったようだ。斜面の左側、上流方向に向けて進んでいく。

やがて小さな沢に挟まれた窪地というか浅く広い谷間が現れた。

二つの小さな沢に挟まれた中洲のような場所。多分ここがインクライン跡だと思われる。

実を言うと、赤色立体地図で見つけた軌跡はインクラインの上半分で、下半分ははっきり写っていなかった。分からない箇所は現地を見て確認するのみだ。

下を覗くと1段平場があって、その下は川に近い。こちらは後回しにしてまずは上を目指す。

残念ながらこの辺りには真っ直ぐな平場や堀割りのような分かりやすい跡は見当たらない。

踏み跡らしきものはあるが、人のものか獣のものか。インクラインには関係ないが。

しばらく登ると左右の斜面が狭まり、細くなった両脇の沢に更に挟まれる真ん中の部分。地形的にここがインクラインの筈だが、岩や地面の凸凹のせいでとてもそのようには見えない。

しかし地形が開けて見渡せるようになった上方になにかが見えてきた。

これは切通しか?もしそうならようやく発見した初めての遺構だが・・・

! ほんの僅かだが苔むした石垣がある。切通しに間違いない。インクラインはここを通っていたのだ。

左側にも石が固まっていたが、バラバラで石垣の形を残していない。

わずかな石垣のみがここにインクラインがあったことを指し示している。

登ってきた斜面を見下ろす。ここまで登って出てきたのはこのささやかな切通しひとつ。以前探索した稲又(稲又森林鉄道 5 - 人生崖っぷち(物理))や田立(田立森林鉄道のインクライン 6 - 人生崖っぷち(物理))のインクラインのように派手な遺構や遺物は出てこないが、これはこれで良し(笑)。残りのインクラインを駆け上がろう。

 

  横澤林道(軌道)のインクライン 4に続く

 

 

横澤林道(軌道)のインクライン 2(長野県小海町)

急峻だがなだらかな谷間は上のほうで険しさを増していた。ちなみに暗がりはただの影です。

起伏に富んだ地形を登っていく。

途中で振り返って、谷へと落ち込む急斜面を見下ろす。・・・ちょっと急すぎるような気がしても、インクラインだとありえないとは言い切れない。

写真に映っているがロープが残ってたりするので、ここは道として使われているのだろう。しかし肝心のインクラインらしき痕跡は見当たらない。もしくは見いだせない。

しばらく登っていくと傾斜は緩やかになり、見晴らしは良くなったが

 

左右を見渡す。が、築堤や堀割りのような凹凸は見当たらない。

 

更にのぼっていくと、かなり上の方まで見通せる平らな斜面が広がっていた。

 

しかし見渡す限りここもそれらしき痕跡は見当たらない。もしこの平らな斜面にインクラインが敷かれていたら、遺物か明細な地図でもなければ場所の特定は難しいだろう。

ランドマークになりそうな大きな岩が見えた辺りで雨が降ってきたため撤収。

この急斜面で雨に降られるのは嫌だったので急いで降下した。

この2025年10月の探索は結局何も分からずに終了した。そして、ちょうどこの後男女倉林鉄の探索に力を入れ始めたので足が遠のいていたのだが、つい先日インクラインの詳細な場所を知ることが出来た。・・・リベンジだ。

    横澤林道(軌道)のインクライン3に続く

 

横澤林道(軌道)のインクライン 1(長野県小海町)

このブログの方針として、なるべく他の人がやっていないネタをやるというのを心掛けているため、地味だったりネタが切れたりします。という訳で遅くなりました。

ここは長野県小海町。八ヶ岳の東側、松原湖や〇ャトレーゼの〇ームクーヘン屋にほど近く、敷かれたレールが残っている渋林用軌道への登山口に行く途中の道である。

写真の右にそびえる斜面の上に県道480号が通っているが、この辺りにある起点の土場から斜面をインクラインで登り、軌道(=ほぼ県道?)に接続して更に上へと至った森林鉄道があった。名を横澤林道と言う。このインクラインが目標だ。

農地を抜けて森に挟まれた道路を進み

右折し、昔は車が入り込んでいたように見える平場に入っていく。

レールが残存している渋軌道のあたりから流れてくる大月川。ぶっちゃけレールのほうが見栄えがよろしいがメジャーすぎて食指があまり動かない。

川の向こうはすぐ斜面だ。

このどこかにインクラインがあったはずだが・・・

石垣や、まず無いだろうがレールなどの遺物があれば一発で場所がわかるのだが

掘割りにも普通の谷にも見えるものが幾つもある。更に盛り上がった築堤状のパターンもあるので判断が難しい。

人工物だ。パイプが敷かれている?・・・もしこんなものを設置するのなら、なるたけ真っ直ぐな平場があれば通しやすいんじゃなかろうか。

この辺りで1番大きな谷が開けており、パイプはそこにあった。登ってみよう。

 

   横澤林道(軌道)のインクライン2に続く

 

 参考サイト 林野庁HP

 参考文献 特撰森林鉄道情景 講談社刊

男女倉森林鉄道 13 ~完~(長野県長和町)

 

林道のゲートから集落のほうへと下っていく車道(赤線)が軌道跡だと思っていたが、上流部で傾斜を緩やかにするために渡河までしていた事実から考えて、なだらかな山側の農地内の道(黄線)のほうが軌道跡ではないかと疑った。ゲートがあったので中には入らなかったが。

ならば軌道跡が特定できる可能性が高い場所。写真正面の民家の向こう側に公民館=起点の製材所跡があるのだが、その手前に流れる無名の沢。

軌道跡と特定しにくい路盤はともかく橋梁の跡ならば上流の2ヶ所のように現存しているかもしれない。この沢の上流部は以前橋台を探した時に探索したのだが、集落付近は立ち入っていなかった。そこにもしかしたら・・

橋の横に降りて遡行する。山深そうに見えるが、右上は農地の端、左は家や畑の裏側なのでちょっとお邪魔しますといった感じだ。

しかし左右を注意深く観察しながら進んだが何もなく、右側の農地が終わる山すそに到達してしまった。畑のほうに軌道が通っていたという推測は間違いだったのか。あたりにはトタンやパイプが散乱している。

山からの湧き水を引いていたようだ。今も外れたパイプからちょろちょろと水が流れている。

ふと上を見上げると山肌に平場(黄線)が見える。山間部で何度か交差した作業道の続きだろうか?高いところから見渡したかったので登ってみる。

見下ろすと畑と沢を挟んで集落が見えるが、やはり道や橋らしきものは見当たらない。人家や農地の真近故に跡形もなく消えてしまったか、やはり車道が軌道跡だったのか。

そういえばこの作業道みたいのはこの先どうなっているのだろうかと沢のほうへ向かうと、すぐに沢を見下ろす崖のところで道は終わっていた。

いや、違う。石垣が見える。あれは橋台か? ここは橋だ。橋の跡だ。

苔むしてかなり古そうに見える。・・・まさかここがそうなのか。しかし最初は作業道だと思ったように、軌道跡があると推測した農地よりも高い場所にある。

反対側に進んでみる。もし作業道なら山の上へと登っていく筈だ。

しかし農地との高低差が徐々に縮まっていき、獣除けのネットに行く手を阻まれてしまう。なんのことはない。農地の傾斜よりこの道の傾斜が緩やかだったせいで、沢のあたりであれだけ高低差がついたのだ。

再び沢の橋梁跡まで戻ってきた。

下に降りて橋台跡を見上げる。橋の跡であるのは間違いないが、上流のしっかりした石垣の橋台と比べて、こちらは石一つない。本当に同じ軌道の橋梁跡なのか?

上から覗いた時は分からなかったが、左岸にも石垣があった。これは橋脚の基礎か。

位置関係はこんな感じ。

最初は橋台の一部かとおもった右岸の石垣だが、これも橋脚の基礎のようだ。

だとするとこんな感じに3径間の橋が架かっていたのか。

しかし対岸は更に橋台の跡が不明瞭になっている。沢に沿って築堤のような盛り上がった場所はあるが、上に大きな石が載っていたりして軌道跡としては疑問が残る。

だが、その下の道らしき平場を下流方向に進むと

家と家の間の激藪、というか廃道を抜けて

この場所に出てくる。左奥に見えるのが製材所跡地と伺った民家で、手前はその一段上にある畑だ。ルート的にはどんぴしゃだと思う。

だが、ぶっちゃけ今回発見した橋梁跡が8、現車道が2ぐらいの割合で軌道跡だと推測している。細々とした違和感のせいでいまいち断定できないというのが本音だ。

 


最後に、こちらが探索して判明した男女倉森林鉄道のルートになります。赤の実線が確定したルートで、点線は確定していないルートです。起点付近と奥地がガバガバですが、橋台と資料にない軌道跡の発見などで満足したのでここで完結させていただきます。また何か出てきたら追記します。

 

   

             男女倉森林鉄道 完

 

男女倉森林鉄道 12(長野県長和町)

まさかの2つ目の橋台発見。

林道をそのまま下っていたと思い込んでいたので、完全に意表を突かれた。

この発見のきっかけになったのが赤色立体地図。上の図はこの付近の赤色地図を簡略化して描いたものだ。この地図では平場=道が白く表示されるのだが、山から降りてきた軌道跡が突き当たった林道。そこから川に向かって白い線・・・築堤が伸びていたのだ。

ここが林道側から見たその地点。覗きこんでも藪や灌木のせいで地面がよく見えず、築堤があるようには見えなかったが

しかし、山間部から降りてきた時に撮影した写真を拡大してみると緑に包まれた築堤が確かに写っていた。いや流石に気付かなかった。

橋台は下流のものに比べて劣化が激しく、崩れた場所のセメントがむき出しになっている。それでも対岸に比べれば全然ましだが。

対岸は下の方の石垣がかろうじて残っているだけで、作業道(赤線)に路盤(黄線)ごと埋められてしまっていると思われる。

なぜなら川を渡り作業道に登ってみると対岸の橋台は見下ろす位置にある。高度的に路盤は作業道の下だ。

下流に進めば路盤が露出すると思ったが痕跡はまったく読み取れない。

多分写真の左側を通る作業道が軌道に近い線形じゃないかと思われるのだが。

掘り返された地面が所々輝くのは、この地の特産物であった透明度が高い黒曜石の欠片だ。

小さく映る橋台の正面まで来た。

見覚えがある畑。ここで軌道跡はUターンして

坂を降りていき

林道がある右岸へと戻っていた。これが正しいルートだった訳だ。

こうではなくて


こうだったのだ。

現林道がある川沿いのルートより勾配を緩やかにするためにこうなったのだろう。

それとこれは計算していたのか分からないが、川を渡ることによって左岸、西側の木材の搬出にも利用が可能になったはずだ。最もそちらの伐採を行っていればの話だが。

 

そうして車を停めたゲートの傍まで戻ってきたが、少し先に軽トラが止まっており、横に年配の方が立っていた。チャンスだ!その瞬間、ちょっと待っててくださいと心の中でエンドレスに念じながら早足で近づいた。

結論から言うと有益な情報を得ることが出来た。流石に90年前に廃止された林鉄については直接ご存知ではなかったようだが、製材所の位置は現公民館とその横の家ぐらいまでにあったそうだ。やはり本の情報が正しかったのだ。

そしてもう一つ、今は公民館と民家が建てられて何も残っていないが、昔はプラットフォームがあったというのだ。作業中に長々と話し続けるのも憚られて明細を聞きそびれてしまったが、確かにプラットフォームという単語を口にされた。

起点の位置は確定したが最後にもう一つだけ心残りがあった。橋台からこの公民館までの軌道のルートは本当に現在の車道の位置を通っていたのか否かだ。

 

  男女倉森林鉄道 13(完)に続く

 

男女倉森林鉄道 11(長野県長和町)

無事に未知の山間部軌道跡を踏破したが

問題はこの橋台だ。

上流側に降りてきた軌道はそのまま軌道跡と思われる林道を下っていけば起点の疑定地である公民館の横へと至る。わざわざ橋を渡る必要がない。

更に前回軽く見ても不明瞭だった橋台の前後をしっかり調べてみると、東の林道側は下流方向へと路盤が湾曲している。

 

そして対岸も周辺を再度調べてみるが、やはり路盤と思われるのは正面の緑の点線の大地へと右に曲がりながら登っていく道の跡だ。

 

登った上の畑の辺りは開墾されてはいるが、おおまかな元の地形からはそこまて変わってはいないと思う。

 

図にするとこんな感じ。西側(図の左)から川を渡って降りてきているのだ。


そこで思いついたのは対岸へ支線が伸びていたのではないか?図のような感じに。

しかし、現在はこの辺り一帯伐採されて丸裸になっており、更に重機の手も入っているので完全に昔の痕跡は残っていない。流石にこれ以上はどうしようもない。

橋台の前から林道を下る。正確にはすぐに見えるゲートが林道の起点で、その先は町道だが。

場所によってやや傾斜が急な感じがするが、左は川で右は一段高くなって農地が広がっている。軌道跡はここで間違いないだろう。

ふと畑の境界に立つ棒が目に入った。

レール!!?

よく見ると断面がコの字の鉄骨だった。おのれ。

6話で探索した集落内を流れる無名の沢を渡る。下や横に橋台の跡はない。

右側に写っているのが起点の跡と記述があった元製材所の公民館。その横に出てきた。

はっきりした終点は未だ分からないが、ここからブランシュたかやまスキーリゾートの敷地の前までは確実に軌道跡だろう。

 

 

この探索を行って、そう結論付けたのが3月。しかし、4月の廃道イベントの時に探索者仲間との雑談で話題の赤色立体地図について話を聞く機会があった。普通の地形図よりも細かくはっきりと地形が表示されるそうだ。それを聞いて試しに男女倉の辺りを見てみると・・・

ここは山から降りてきて林道に出た場所だ。

林道の向こう、川との間には熊笹の繁みがある。対岸には地図に載っていない作業道がこちらより高い位置を通っているのが見える。

繁みをかき分けて入り込むと

対岸に埋もれた石垣のようなものが・・・。

そしてこちらの突き出た崖は

橋台だ。二つ目の橋跡を発見した。ここで川を渡っている。

 

        男女倉森林鉄道 12へ続く

 

男女倉森林鉄道 10(長野県長和町)

再開します。

林の中に入る前に振り返り。ルートの予想は立てたが、こんなに高い場所だとは思ってもみなかった。

黄色が軌道跡。それを一部流用して赤線のように作業道が造られている。

地図には軌道跡も作業道も記されていない。しかし、道は確かに存在する。

作業道(赤線)が下から合流している。

しばらく進むと点線の部分で崩落しており、軌道跡は断片的に流用されていることが分かる。

下から軌道跡に更に合流しているが

少し進むと廃道化している。

交差する作業道に削られて、谷を渡った先は熊笹が繁る完全な廃道になっている。

その先は多分木橋があったと思われる小さな谷を渡り、

作業道=軌道跡となっている。

川沿いの林道が見えてきたところで使用されている作業道から谷を渡り廃道部分へと・・・ここは見覚えがあるような?

7話の写真より。なんとなく撮ったここが軌道跡だったのだ。意図せず正解を引き寄せていた。

最後の藪をかきわけ

そして本沢沿いの林道が目の前に。こんなところに接続していたのか。

林道の横の広場に出て、多分このように曲がっていたのだろう。

下っていく林道が軌道跡だったのに違いない。

林道を真っ直ぐ下っていくと製材所跡地と言われる公民館の横ににたどり着く。

・・・だとすると川を渡るこの橋台はいったい?

 

  男女倉森林鉄道 10 に続く