気田森林鉄道 1
https://blog.hatena.ne.jp/msx4/msx4.hatenablog.com/edit?entry=10257846132625394285
ただ今静岡県浜松市春野町の春野歴史民俗資料館で来年の2月25日まで特別企画展 「春野の近代化遺産 気多森林鉄道」をやっております。というわけで3年ぶりに続きを書かせていただきます。勝坂集落から北はほぼ軌道跡は車道に転用されており、橋脚や橋台などが点在するが、ここでは車道化されていない軌道跡を追っていきたい。探索日は2011年12月。
写真は気田川の最上流部の集落である門桁地区。その端に車を停めて折り畳み自転車で下流へと向かう。
集落の下流の門桁大橋を左岸に渡って振り返ったところ。そこから右を見ると
細い道が続いている。ここが車道化を免れた軌道跡の入口だ、愛車を林に隠して出発だ。
最初は普通の徒歩道だが
だんだん軌道跡っぽくなってくる。黒いのはゴム管。
雪が残る軌道跡。土砂が堆積して斜めになってる。
路盤が消えた。
そこそこ大きな木橋が架けられていたようだ。横がくっついているので桟道か。正面突破は無理そうだ。
下を覗きこむが歩ける河原が無い。だが場所によって水深は浅そうだ。
この頃の定番装備である折りたたみ長靴と腕カバーを装着して川に入る。
でっかいコンクリートの橋脚の一部が川に転がっている。
石垣もところどころ歯抜けになっている。つまり石垣を組んで斜面に路盤を作り上げているわけか。
路盤が安定したと思われるところまでスキップして軌道跡に復帰する。
路盤がごっそりと抜けている。と、埋もれていた枕木が顔を見せていた。
上流側から。巨大な石垣と木橋で越えていたこの場所は難所だと思ったが、特に名前は聞いたことがないのでこれくらいでは難所とは呼べないのだろう。
復活した(?)路盤を先に進む。
沢に橋の跡が。木橋が架かっていたと思われる。
橋台に枕木が
沢に降りて見上げると見事な橋台がそそり立つ。(下流側)
更に前進。たまにでかい岩が転がっている。
東海パルプ社有林の看板。今は吸収合併で特殊東海製紙株式会社になっている。
気田森林鉄道7 門桁地区対岸区間 後編 へ続く