あらためて起点?とおぼしき峠から軌道跡を辿っていく。実際、路盤は峠まで通じているのだが、本当にそこまでレールが引かれていたのか、そうだとしてあの狭い峠まで引く理由は何なのかなど疑問が噴出してきた。民営なので資料も残ってなさそうだし考察にも限界がある。とりあえず目で見たものを書きなぐっていこう。
峠を出発してすぐにやや広目のスペースがある。
用途は不明だが峠付近では唯一の拡張された場所だった。トロッコの車庫か、ここで木材を引き上げていたのか。
路盤を発見した場所まで戻ってきた。あらためて未踏部分の探索再開だ。
大きめの枯れ沢を渡る。1部石垣が残っているが橋台付近はボロボロだ。この後何度か似たような沢を渡ることになる。
いつのものかノコギリが落ちている。
葉が落ちている季節ということもあり開けた感じがする軌道跡。
しっかりした土工は綺麗な路盤を維持している。
わずかだが水の流れがある沢もあった。
峠を出て1時間。浅い切り通しを過ぎると。
かなり広い広場が。所々コンクリートの土台が残っており、宿舎か事務所跡だと思われる。
・・・wcかと。
サッポロの缶ビール。初期のデザインだ。
なぜか富士山大人気。
しっかりした石垣だ。
更に先に進むが15分ほどで・・・
深い谷と切り立った崖にゆく手を阻まれる。ここは上も下もかなり厳しい地形だったのでここまでとする。GPSで確認すると1話で撤退した地点まであと2、300mだったが、特に遺構もないだろうし。
引き返して車まで戻って来た。これで残りは登山道に転用された部分とその奥の廃道部分だ。しかし時間は12時半とこれから最奥を目指すにはちょっと無理がある。微妙な時間だなと地形図をにらんでいるとあることに気づいた。地図によると終点は高丸山の南西にある沢の辺りなのだが、高丸山への登山道を使って尾根まで登り、そこから直接終点のある沢へ降りることができそうだった。軌道跡をたどっても今日のように途中で進めない箇所が出てくる可能性は非常に高いと予想していたので、それならいっそ一気に終点を狙ってみるのも悪くない。以前行った小坂森林鉄道の濁河支線最奥部と同じように核心部を強襲することにした。
八重地土工森林組合林用軌道 5 へと続く